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著者経歴

兵庫県の名門、兵庫県立兵庫工業高校の工業化学科を卒業(25回生)
卒業後、川崎製鉄に入社 ボイラーで所内に蒸気を供給する現場間接部門で約1年間働きました。
神鋼環境エンジニアリングに入社、神戸製鋼所の中央研究所で公害分析の仕事をしました。(化学分析)
神戸製鋼所に入社、中央研究所の第一研究介在物研究室で化学分析の仕事をしました。
鉄の連続鋳造の研究室に移りました。ここでパソコンを使い始めました(25歳位から)。ここには当時、株式会社神戸市といわれた神戸市長、宮崎辰雄さんの次男さん宮崎純さんがいました。同じグループで仕事をしました。宮崎さんは現在、神戸製鋼所の執行役員になっています。
中央研究所の資材調達部門で調達の仕事をしました。
バブルの後半時期に新設の西神総合研究所(現在の名称は神戸総合技術研究所)に転勤になりました。ここで調達業務の責任者で過ごしました。そのかたわらパソコンに関連した業務をしました。西神総合研究所の光ファイバー網と所内LAN網を企画、導入しました。また会議室予約システムのLAN化は社長自身がLAN化するプログラムを書きました。
35歳で神戸製鋼所を退職後、パソコンの組立、NetWareサーバーの構築、データベースでプログラムの開発、現在はLinuxサーバーの開発、アパート内のLAN網構築、お客様のサポート、アパートの管理、アパートのメンテなどを行っています
社長は現在59 歳です。


公開日:

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rear レスキュシステムプログラムとバックアップファイルをひとつのisoファイルにまとめる

vi /etc/rear/local.conf OUTPUT=I

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rear backup usbメモリにレスキュシステムとバックアップをusbメモリにまとめる

このusbひとつリストアが完了する /usr/sbin/rear

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rear backup

レスキューシステムとバックファイルの両方をバックアップで作る レ

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rear backup 日次 週次 月次 バックアップ

/etc/rear内にdaily、weekly、monthlyディレク

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Red Hat Enterprise Linux 7 システム管理者のガイド

ここにlinuxを管理するための手順が書かれている  

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